鳥の声が戻るまで

今日、夕方に鳥の群れが印象的に見えた一瞬がありまして。
アイキャッチに使った画像も含めて何枚か撮影していたんですが、その時急に思い出したことがありました。

4月に浪江の請戸地区を撮影したときに、鳥の声が全然聞こえなかったんだなって。
海が見えるところまで近づくと、漁業は部分的に再開していることもあってウミネコ、カモメが集まっているので彼らの声が聞こえるのですが、ちょっと内陸に入ると聞こえるのは風の音。
そして、津波に浚われてしまったあとに生えた、草がなびく音。

もちろん、全く鳥たちがいないわけがないので、ちゃんと耳をたてれば聞こえたんでしょうが、住処となるような森、林、そして羽を休めるような高い木がほとんど無くなってしまっているので、少ないのは間違いないのだと思います。

今はまだ、なかなか人が戻る基盤という面では厳しい現実に直面しているこの地も、たとえば10年後はどうでしょうか。そして100年後は??
なかなか良い方向に変化していけない中においても、時間は確実にその場所の状況を変えていきます。
いま進んでいる防波堤の工事が終われば、行政上また家を建てることができるようになるのかな??そうなれば、またここに戻られる方、そして新たに住まう方が居るのか。それとも、さまざまな面で人手不足がおき、人口減も始まっているこの国の様相をそのまま反映して、このまま草が背丈を増し、やがて林になって森に育ち、人々がここにくる以前の姿に戻っていくのか。
請戸地区を含め、自由に立ち入ることができる地区、そして立ち入ることができない帰宅困難地区がとなりあっている浪江。
実際にご自身の目で見られたことがある方もいらっしゃるかと思いますが、立ち入り出来る地区と帰宅困難区域は押せば倒れるようなフェンスで仕切られているだけです。
遠く福島第一原子力発電所を臨むこの地に、それが原因でここを離れた方達に”さあ戻って来てください”と言うのも、それはなかなか難しいことのようにも思います。

いずれにしても、もう少し時間が経てば、どんな形に向かって事態が進行したとしても、少なくともまず鳥たちは請戸の内陸側にも戻って、その声を響かせるのかな、と思います。

いつまでここに通って撮影できるか、は分からないですが、自分自身が生きていた時代に起こったこととして、自分の目で見続けたいな、という気持ちが強いです。
が、300km離れている先の土地・・そこに通うこと自体は何ら問題ありませんが、どこでもドアで移動するわけではないので、比較的時間に融通がきく今でもどうしても時間的な制約が。

もっと自在に撮影に費やせればいいのにな、と、”日常”という一種の監獄の中から空の鳥を見つめる日々が続いています

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